指導の考え方

ココロミルの指導についての考え方をご紹介します。これは生徒や親に対してココロミルの講師が接する上での心構えともなります。

1、先入観を持たない

2、謙虚である

3、結果を出す

4、子供に合わせる以上に巻き込む

5、子供と対等である

6、最初の面談を重視する

以上の6点になります。

1、先入観を持たない

私が不登校の子、発達障害の子の指導で最も重視していることは「先入観を持たない」ことです。これまでの成績や、不登校の状況。さらには発達障害などを持っている子に対しても同様です。

親が言っていることも情報として聞きますが、全て鵜呑みにするわけではありません。ご批判を受けるかもしれませんが、私が何より重視するのは「子どもと私との関係性」「過ごした時間と私の実感」だからです。これをもとに何をすべきかということを日々考え、子どもへのベストの指導をすることが「個別指導」だと思うからです。

2、謙虚であること 

専門家でなく、「初心者」という気持ちで子供たちにあたっているかということを大事にしています。「不登校の専門家」といっても子ども1人1人のケースは非常に特殊であるため、自分が「知っているつもり」で指導にあたることで失敗してしまうケースも多いのではないでしょうか。そこで「初心者」の気持ちで指導にあたるということも重要だと思います。

 

3、結果を出す

「子どもの学力が伸びない」「やる気が出ないのは」=「塾のせいでもある」

現在学校や大手塾では子供が「勉強をしない」のであればやる気がないと注意します。また、学力が伸びなければ「志望校には合格できない」と可能性を否定します。昨今教育業界自体、子供たちを評価する機関になり、子供の学力を支援する機関としての機能がなくなってしまったものと思います。私は大学時代にアルバイトとして教育に携わりました。その後就職活動を経て、JTで社会人としてのキャリアがスタートします。JTは厳しい会社でした。「顧客に寄り添ったのですが」という枕詞は、当時私の上司の前では通用しません。「なんで結果が出ないの?」と詰められることもしばしば。その後勤めたベンチャー企業でも同様でした。お客様に対して、良い結果を出すために試行錯誤し、実行する。そして求められるのはプロセス以上に結果です。これらの経験が私の仕事観の根幹にあります。

しかし教育業界では結果に対する意識は全く異なります。「結果」が出ないのは「子どものせい」や「親の管理のせい」にすることが当たり前となっているように感じます。これに疑問を持つ人が少ないのが不思議です。

私はそれに違和感をおぼえており、その考えやスタンスをHPでも明示して「成績が伸びないのは塾のせいでもある」と公言してきました。自分の言葉には責任を持たなければいけないので、もちろん数々の修羅場を潜ってきました。「結果を出せ」と怒鳴られたことも一度や二度ではありません。さらには「なんで子どもが勉強しないのに、講師が親に怒られるの?」と疑問を持ち、辞めていった講師もいます。子どもを預かって、お金を頂いている以上、勉強をしない子どもにも責任の一旦はありますが、講師にも責任は間違いなくあります。子どもをモチベートしてやる気を出させることも講師の実力の1つなのです。そこをお客様のせいにするようではプロ失格だと思います。

いつのまにか教師は生徒のことを評価するようになってしまいました。学校でも塾でもテストを受け、偏差値が出て、よければ上のクラスに上がり、悪ければ下に下がる。結果が悪ければ「努力が足りないと尻を叩くのです。しかし私は本来教師は「支援すること」が役目であり、子供の評価を自分ごととして捉え、改善とより一層の努力に努めなければいけないものと思います。それが私の理念です。

4、子どもに合わせるのではなく、まきこむ指導

最近「子どものペースに合わせて指導します」という文言をよく目にしますが、この言葉も信用できません。これも結果を意識せずにただ子どもの言うことを聞いている、合わせているだけで、結果が出れば子どもにとっても講師にとっても、これほど楽なことはありません。不登校でもし勉強をしていない子であったなら、子どものペースは「勉強をしないこと」になります。
ここで結果を出すことを中心に考えている場合、私は子どものペースに合わせるのではなく、『子どもを巻き込んだ指導(ペースを徐々にあげていく)』ことが必要だと思います。もちろん部分的、スタート時点では子どもに合わせる部分もありますが、私の場合は子どもの課題を理解するためです。子どもに合わせることが目的化してしまうと、費用を頂いているのに結果が出ない状態が続いてしまいます。

5、子どもと対等「子どもは運命共同体」

私は教え子に「テストで点数を取れなかったら、私のせいでもあるからね」と授業の最初に伝えます。これまでに「生徒の努力不足」「やる気がない」など生徒のせいにしたことはありません。また当塾の社員にも常にそういっております。講師である私と生徒は運命共同体、対等の立場だと思っています。ある小学生の指導をしていたときに、私の課題をさぼっていたことが発覚しました。そこでお母さんと面談をした際に「なんで嘘までついて、課題をさぼってるの。そんなんじゃ塾に通わせられないよ!」と激怒され、その生徒ではなく、私が「すいませんでした」と謝ったことがありました。その後お母さんが「山田先生に言っているわけじゃないですよ」と笑っていましたが、私は生徒が親から叱られているときは自分が叱られているものと感じてしまうのです。
子どもが課題をやらないことも、子どものやる気が出ないことも、子どもの学力が上がらないことも指導者である自分のせいだと私は思って20年指導してきました。それが私の「教育」という仕事の根っこ。心の中心にあります。

6、最初の面談を重視する

最初の診断を間違うと、患者の未来が変わる ラジエーション・ハウスより

ここで少し私の体験談をします。中学校に入学してバスケットボール部に入部したての頃、腰に違和感を感じ、家から歩いて3分のとても近い地元の病院に行きました。地元の医師は「腰椎分離症」と診断しました。 そして「体育や部活動は当分休むこと。そしてできればバスケットは今後辞める」という指導・導きをしました。その指導に私は絶望しました。しかし当時ネットもない環境下で母は良い医師をあきらめず探してくれました。そこでプロ野球選手も通っているという名医が所沢という場所にいると聞きつけ、その病院に行くことにしましたが、その所沢の医師の診断も「腰椎分離症」でした。しかし指導・導きが違いました。ものすごく厳しい医師でしたが、「ストレッチやコルセットの装着および腹筋と背筋をつけることを日課とすれば今後バスケを続けても良い」という導きをしてくれました。 「2人の医師が下した診断は同じだが、指導が全く違った」
地元の医師と所沢の医師の診断は「腰椎分離症」と同じものでした。しかしその解釈や指導・導きはまるで違いました。地元の医師は、私の気持ちや課題を見ずにレントゲン写真と向き合い、診断を下し、マニュアル?に沿った絶対安静という指導と導きをしました。 一方所沢の医師は、私の課題を理解し、バスケがどういう条件であればできるのか、という私の抱えている課題と希望を理解した上で診断および指導をしてくれました。この解釈と指導により私は救われました。その後私はバスケットが強い公立に行きたいというモチベーションから勉強に励み立川高校に入学できました。さらに高校3年までバスケットを続けることができ、都ベスト32(320校中)という結果も出せ、今も続く良い友人も作ることができました。現在でも腰痛に悩まされることはありません。

「課題の解釈の仕方で、子供の人生は変わる」
このことから私は「課題の解釈の仕方で、子供の人生は変わる」ということを学びました。子供から見て権威ある人の言うことは子供にとってものすごい影響を与えること。その権威ある人が良い指導をしてくれるかどうかで子供の人生は全く異なる道になる可能性もあると身を持って実感しました。

この経験とこれまでの指導経験から1つのことを自分に課しています。「最初の面談は私もしくは責任者が行うこと」です。これは私の塾長としての責任および塾としての姿勢です。
不登校の子の問題解決も、誰が初めに面談し、親子を良い方向に導いてあげられるかどうかは非常に重要です。結果子供の未来も変わるものと思ってます。そういった導きに出会えることは親の努力次第で可能だと思います。現在は全国どこにいても、zoomで面談も授業も受けることが可能なのです。ぜひ希望を持ってください。

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