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合格事例
合格ストーリー1 高校受験「不登校だからできた追込受験の成功実例」
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この章では、実際に私が指導した不登校の子どもが中学受験に挑戦して無事に合格、その後は問題なく新しい学校に通学できるようになった実例を細かく紹介していきます。
実は、2例とも受験には厳しい時期からの指導スタートになったのですが、不登校であることは、起きている時間のすべてを勉強に当てられることが可能です。
不登校なのに受験なんて、と思う人もいるかもしれません。しかし。不登校だから可能だった受験突破法はあるのです。 -
中学1年から不登校になった中学3年の息子を残り3ヶ月で志望校受験に成功させてほしい
まず紹介したい実例は、私が家庭教師時代に体験した不登校になった中学生の受験指導実例です。受験まであと3ヶ月での依頼とハードルの高い指導でしたが、当時、まだ時間に余裕があった私は、彼に合わせることで受験を突破させることができました。
私の不登校指導の原点となった実例です。都内の中学校3年生・I君のお母さんから「私立K高校に合格させてほしい」とお話があったのは、受験も近い11月のことでした。東京の高校受験は2月から開始になりますので3ヶ月しか時間がありません。
I君は中学1年生の時に、友人関係や先生との関係がこじれて不登校になり、そこから学校に行っていないとのことでした。
面談は自宅に伺って行うことにしました。
その時に不思議だったのは、I君がお風呂に入っていてなかなか出てこなかったことです。まずはお母さんから話を聞くことにしました。あとでわかったことですが、実はお風呂場は話をしていた部屋から近く、I君は聞き耳を立てていたそうです。
お母さんの話によると、不登校の間にフリースクールや家庭教師などを試みていたということでした。しかし残念ながら全てうまくいかなかったようです。
1時間ほどするとI君も来てくれ、一緒に話すことができました。初めはなかなか目線を合わせてくれませんでしたが、徐々にお母さんもいる安心感からか話してくれるようになったのです。 -
高校受験まで余裕がない日程での依頼ですから、まずはI君の現在の学力を知るためその日から授業をスタートしました。
I君は中学1年生から学校に行っていなかったので、かけ算もあまりできない状況で、受験を成功させることは難しそうでした。英語も文法はほとんど知らず、知識はほぼゼロベースです。
しかし、不登校中も本をよく読んでいたせいか国語の文章を読むことは問題がなかったのです。その状態でお母さんの要望は「残り3ヶ月で偏差値50を超える中堅校に行かせてほしい」ということでした。 -
算数はかけ算がやっと、英語は文法を習っていない学習状況が判明
I君とはその日、勉強のことしか話しませんでした。もともと現在の学力を確認してプランを立てることが目標だったこともありますが、私のポリシーとして、不登校の子にその原因を聞くことはしません。
勉強の話をする中で話すかどうかは本人次第です。まして、初対面の大人に個人的な問題を話すことは難しいでしょう。
また不登校の原因は受験を成功させるために必要ではありません。知りたいのは、得意そうな科目、どういう項目が好きかです。これがわかると効率よく勉強を進める方法が見えてきます。小学校の算数の内容は中学数学の基礎です。かけ算が怪しいと平方根の問題などが理解できません。中学で不登校の場合は小学校にさかのぼって学習する必要性が生じることがあります。平方根は単純に同じ数を掛けて出る数のことだよ、というところから出発して理解を進めてもらうためです。
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不登校のメリット・時間はたっぷりある!
不登校では、受験まで無理して学校に行く必要もないので、時間はたっぷりあります。これが不登校の子どもを受験に成功させるに当たって最大のメリットになります。
母親の希望は週に5~6日朝から授業をしてほしいということでした。I君はこれまで朝に起きることはなく、昼頃に起きてお母さんが作ったご飯か、近くのコンビニで買ってきた弁当を食べるという生活でした。
そこで私が午前10時に家庭に伺い、午前中に2時間勉強し、その後お昼ご飯を一緒に食べ、午後も指導して学習する生活リズムも整えてほしいと要望しました。このような理想的な受験プランを実行できれば、逆転できる可能性は大きいと感じたのですが、そんなに簡単なことではないことをすぐに思い知らされます。 -
約束の時間に訪問しても反応がない
授業初日。お母さんが仕事に出ている日に自宅に伺い約束の午前10時の10分前にインターホンを鳴らしたのですが、応答がありません。何度押しても反応がなく「これは寝ているな」と理解しました。
ここで帰ることもできますが、過去の経験から繊細な子は今後顔を合わせることが気まずくなり、二度と会うことができなくなる可能性があると判断したのです。
当時は私も時間に余裕があったので、I君が面談時に話していたコンビニで立ち読みをして待ち伏せしました。予想は的中して、12時頃にコンビニに弁当を買いに来るI君の姿がありました。「おっす」と声をかけるとびっくりしていましたが、そこで「一緒にご飯食べようよ」と伝え、お昼ご飯を食べました。その結果、午後はスムーズに授業をすることができました。
その後も何回か約束の時間に行くと反応がないことがあり、そんなときはコンビニで立ち読みしながら時間を潰していました。I君は朝起きることが得意ではないようです。「起立性調整障害」という言葉も最近よく耳にします。
起立性調節障害は思春期の子どもが発症する自律神経機能不全のひとつで、朝起きることができません。立ちくらみや倦怠感、動悸、頭痛などを伴います。「仮病を使っている」と決めつけることも危険です。この障害は不登校のトリガーになりうることから注目されています。その疑いがある子どもに勉強を教えるには、教える側も起きられる時間に合わせることが必要です。当時私が起立生障害という病気を知らず、I君のベストな時間に合わせて指導をすれば良いという柔軟に対応したこと。先入観がなかったことも良かったと思っています。もし「起立性障害」を変なかたちで学習し、理解していたら、怖がって、I君に気をつかい、学力向上よりケアという方向に走り、学力の向上や合格はなかったと思います。
私は不登校の状況を体系的に勉強しないように心がけています。親の話や子ども1人1人の現場経験から私なりに最良だと思う判断をします。なぜなら書籍や学問書などはどうしても、体系的にまとめる傾向にあり、汎用性にたける一方で、個別性に劣ります。またその専門書に頼り、現場の子どもや親の感覚を無視することにもつながる可能性もあります。私が個別指導にて大事にしていることは、あくまで目の前の子どもの状況に合わせて指導していくことです。
I君の場合、午前と午後に指導予定でしたが、午前ができない場合は夜の21時~23時にI君の家で指導することもありました。臨機応変かつ柔軟に指導日を変えていけたこともI君にとっては大きかったと思います。
常に私の中にある問いは、
「どうしたら目の前の子の学力を伸ばし、成長させられるか?選択肢を増やすことができるか?」です。 -
目標校の問題に絞って集中指導するうちに気付いた才能
英語の学習は中1の英単語の暗記からスタートしました。
文法を教える以前に単語の意味を知らないので、解説が伝わらないこと、動詞と名詞の区別なども忘れていたので、私がいない時の課題は英単語の暗記に徹してもらいました。英単語を読んで、和訳できるようになるまでは早かったのですが、書くことに時間がかかりました。
そこで、書く力は後回しにし、まずは読む力「*子どもの旬」を見つける指導に徹することにしました(拙著*「国語の心得」国書刊行会参照)。
英単語が読めれば文意はなんとなく理解できます。授業で感じたのは、I君の暗記力が非常に高いことでした。見ただけで憶えてしまう能力に秀でていたのです。英語の授業では辞書を引くことも多いのですが、その時間も惜しいので「辞書は引かなくていい」と決めました。英単語を数多く見て覚えることを優先し、とにかくI君にシャワーを浴びるが如く英語を浴びてもらい、単語や文法を教えていきました。
I君は国語ができたのが幸いして、英語構文を知らなくても単語の積み上げで文意を汲み取れました。5W1Hも細かく説明はせず、言いたいことが日本語と違って先に来ることだけ憶えてもらって勉強を進めました。
あとは学校の過去問題を見て出そうな問題と、確実に点数が取れそうな問題に的を絞って指導していきます。次にわかったのは、I君は数学が全くできなかったのですが、実は数学的センスを持っていたということです。計算をやっていないので細かい計算ミスはありましたが、おおよその数を見当をつけたり、解答を抽象的に予想することができたのです。そこで細かいことを詰める指導ではなく、思考することが楽しいと好奇心をくすぐるような授業に努めました。不登校で勉強をしていなくても、いざやりはじめると思い出したかのように能力が目覚めていくのです。
中学校の数学では証明問題も出てきますが、志望校では出ない可能性が高かったこと、かつ他の教科とのバランスも考えて指導はしませんでした(本番でも予想は的中し、出ませんでした)。このように時間の工面とI君の能力と労力およびスピードを重視しました。 -
やることを決めるより、やらないことをまず決めることが受験戦略
どこを切り捨てるか、というのは短期間の受験指導で大切なポイントです。
国語は漢字が読めても書けないのが弱点でした。古文も少し出ますが、活用法は捨て、古文を現代仮名遣いに直す程度で済ませました。確実に点数を稼げるところを増やしていくのが短期の受験指導です。
時間に余裕があるときは私もしっかり教えてあげたいのですが、今回は2ヶ月しか猶予がありません。指導ができなかった分野は「合格後にやればよい」と割り切って進めました。
不登校から急に勉強を猛烈に始め、毎日ものすごい量の知識を詰め込んでいくわけで、授業が終わる頃は「頭が痛い」とオーバーヒート気味になっていることもありました。ただ疲れた表情と裏腹に充実した笑顔も時折見せるようになってきた1月でした。 -
内申書を出す高校受験で志望校は不登校の生徒を受け入れてくれるのか
受験勉強は休みなく続きますが、解決しておくべき問題に直面します。それは高校受験に付きものの「内申書」です。I君は保健室登校もしていなかったので、不登校になってからの登校日は0日。受験で学校側がこの数字を受け入れてくれるかという問題が浮上しました。
お母さんが、子どもが在籍している中学校の先生に相談したところ、事前に志望校との摺り合わせは必要で、テストの点数が合格ラインに届いていても合格がもらえない可能性もあるとのことでした。I君の中学校との相談には私も頼まれて同席しましたが、学校側の先生は不登校生というためか素っ気なく、学校は先方に対して何もできないので、直接志望校に行って話し合ってほしいという結論になりました。あまり協力的ではない感じです。
そういうわけで、志望校の私立高校へお母さんと私がその身内の兄という体で出向いてみると、ちゃんとテストをほかの生徒と受けることができ、点数が取れるなら合格は与えるという約束を取ることができました。つまり、あくまで実力勝負です。ただし、場合によっては約束が取れても反故にされるケースもあるので注意は必要です。不合格の原因は公開されません。
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志望校と話が出来たのは願書の締め切り直前。あとは、学校に実力で合格するためのラストスパートです。
その頃になるとI君も私との勉強が午前10時に始まって、昼ごはんは一緒に行って好きな弁当を買って帰り、食べながら話をして午後1時からふたたび勉強というルーティンが固定されていきます。毎日いいリズムで勉強できるようになっていました。
コンビニ弁当を毎日一緒に食べながら「これうまいよね」など色々な話しをしながらI君と勉強の話以外のコミュニケーションを取れるようになっていました。I君も少しずつ話してくれるようになり、好きなアニメやゲームの話をしてくれるようになっていきました。その感想から彼の考え方なども見えてきます。
学力を上げようと教える側も教わる側も必死になるのが受験勉強のいいところです。そのため、不登校で崩壊した生活リズムを整えるためにも役立つ一面があります。これは自習だけだと難しいかもしれません。目標が目前にあり、それはふたりにとって共通の課題です。昼ごはんを一緒に食べることも大事だと思います。 -
ついに受験スタート 3ヶ月の集中特訓で人生が変わる
受験はすべり止めの中堅私立高校からスタートしました。一校目は受験会場まではお母さんが付き添って行きました。こちらは無事に合格でき、調子良く2校目も合格。
そしていよいよ第一志望校の試験日。試験を終えたI君「かなり難しかった。自信がないです」とのことです。後日、結果を見るとなんと不合格。結果を知ったI君が家を出て帰ってこないと、心配したお母さんから電話がかかってきました。
I君は試験に落ちたことが悔しくて夜11時まで帰れなかったことがのちにわかりました。私もI君と電話で話しましたが「落ちて悔しく思うなんて、その成長ぶりがすごいよ! もう1回試験あるからリベンジしよう」と励ましたのです。電話越しでしたがI君の笑った声が聞こえたのでもう大丈夫そうだと安心したことを覚えています。
「明日も朝から指導に行くから、また10時から授業やって、コンビニのつけ麺食べながら作戦会議しよう!」と電話で約束しました。 -
I君は二次試験で再チャレンジして無事合格することができました。I君の熱意とやる気が合格を勝ち取ったのです。その後I君はMARCHと呼ばれる有名大学に進学したと後日聞きました。
- 生活リズムを取り戻し、勉強も頑張って志望校への受験に成功したことが不登校を終わるきっかけになりました。
- 過去の原因を追求しなくとも、子どもは立ち直って前に進む力を秘めています。
- 不要な分析やカテゴライズにより、子どもや親が受験に向かえないケースもあります。
- 「やる気がない」「課題をやらない」「学校に行っていないから」難しいという講師は甘い証拠です。
合格ストーリー2 中学受験「小学5年生の冬から不登校になった娘を地元ではない私立中学に行かせて欲しい」
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今度は小学生で不登校になった子どもが中学受験に成功した実例を紹介しましょう。
中学受験は過熱傾向で、地域によっては大半の子どもが中学受験するところもあるようです。反面、小学校で不登校になっている子も少なくなくありません。 -
中学受験塾にも通っていた子どもが不登校になってしまった
小学5年生の冬から不登校になってしまったYさんのお母さんから「都内の私立中学校に入学させてほしい」と頼まれたのは、Yさんが6年生の10月でした。中学受験を目指すにしても、だいぶ押し迫った時期です。
お母さんの話では、Yさんが不登校になった理由は2つほどあるのではということでした。本人に直接、不登校の原因を聞いたわけなく、あくまでお母さんの推測です。
1つ目は、仲が良く、小さい頃から中学受験を目指して勉強していたお兄ちゃんが受験に失敗したこと。Yさんにとって、それは衝撃的だったのではないかとのことでした。
2つ目は小学5年生になって、担任が官僚的で強制的にコントールしようとする先生に変わってしまったこと。通っていたのは公立の小学校で、どんな先生に当たるかはくじ引きみたいなものなのです。学校に行かなくなった原因はこちらのほうが直接的な原因かもしれません。Yさんは小学4年生から中学受験塾に通っていましたが、5年生で不登校になると塾にも行かなくなったようです。それから6年生の秋まではテレビを見たりマンガを読んだりして過ごしていたのではないかということでした。
とはいえ、完全に引きこもりというわけではありません。学校で授業をしている時間は外に出かけていたそうです。ただ、夕方になって小学生が下校する時間や、土日など身近な小学生と会いそうな日は外に出なかったそうです。塾に行かなくなったのも、同じ学校の生徒と会いたくなかったのかもしれません。 -
フリースクールや不登校専門塾に違和感を感じてすぐに辞める
お母さんは専業主婦で昼間は不登校の娘さんと二人きり。お父さんは働き盛りで忙しかったようです。お母さんはお父さんと話し合って不登校専門塾やフリースクールを見つけて通わせる努力をしたそうです。しかし、Yさんは地頭がいいタイプと言うか、頭の回転が早い子で、少し大人をなめた見方をするところがありました。たとえば不登校専門塾の先生は「この先生は頭が悪い」とか、「不登校の原因とか聴いてくるのが嫌だ」「あの手この手でくるのが無理」と拒否感を抱いてしまいました。
フリースクールも居場所ではなく「単に世間的に同じカテゴリーにいる子どもを集めてるだけの場所」と感じたそうで、Yさんは「お前の不登校と一緒にするな」という気持ちになったようでした。「ここにいても何か刺激を受けるわけでもないし、自分が良くなるとは思えなかった」という話をのちに彼女から聞くことができました。不登校の専門家で、「そういう子をたくさん見ているから」という言葉が嫌だったようです。
とはいえ、学校以外の場所に通うことができたのですから、それはそれで間違っていなかったと言えます。面談時のお母さんはどうすれば良いか手詰まりになっている様子でした。 -
志望校は偏差値60超えの難関私立中学・S女子中学
実は、その時点でYさんの志望校は決まっていました。偏差値60を超えるS女子中学です。これはYさんが考えて決めた志望校です。公立中学は5年生の担任のような先生に当たるかもしれない可能性もあります。先生への不信感はそれほど強いものでした。また、地元の中学では小学校の生徒がそのまま上がってくるので、不登校になっていたことを知っていた友達と会うのも嫌だったようです。
Yさんが志望しているS女子中学は不登校に対する受け入れをしている学校で、通知表や調査書を見ずに試験の点数を見て受験生を評価していました。彼女としてもそういう学校の姿勢をいいなと思っていたようです。
また、グローバルに活躍するキャリアウーマンを育てたいという校風で、いろいろな企業を参画させて、生徒と一緒に共同で商品開発や運営したり、最近では起業体験を取り入れているので、風通しの良さを本人も感じていたと思います。社会と繋がっている感覚が持てる学び場というイメージです。
伝統を重んじる学校を彼女は望んでいなかったのです。革新的な学校を希望しているようでした。 -
塾に来られない! では家庭教師からスタート
お母さんとは塾で面談して話しました。「お子さんと一緒においでください」とお願いしていたのですが、Yさんは渋谷の校舎に来ることができませんでした。Yさんはこの頃、精神的な浮き沈みも激しく家から出られなかったとのことでした。体験授業も塾で行うつもりでしたが、それでは家庭教師として自宅にうかがいましょう、と提案してこちらから会いに行くことにしました。
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授業の前後はTVドラマの話でもりあがる
Yさんはどうやら事前に私のこともリサーチしていたようで、多くの子どもを中学受験成功に導いており、著作も出していることはわかっていたうえで「この先生なら」と思ってくれていたようです。非常に慎重な性格なのです。実際に話してみて「この先生なら自分のことを考えて始動してくれる」と信頼してくれたようでした。
不登校の子どもには、自分をパターンに当てはめるのではなく、個別の人間として見てほしいと考えている一面は確かにあるのです。自宅ではYさんと会うことができました。最初の頃こそ目を合わせてくれませんでしたが、きちんと会話はできます。また私が見ていたドラマをYさんも見ていることをお母さんとの面談で知っていたので、初めて会った時にそのドラマの話をすると「えっ。先生もドラマとか見んの?」と少し興味を持ってくれたので、ドラマの話題から少しずつですが対話をスタートしました。
授業の始まる前や後に、TVドラマの話をテーマに感想を聞いたり、今後の展開を予想することで国語の読解力を養うこともできます。拙著「国語の心得」に出てくる構造化思考や仮説思考を含めた勉強をしました。その会話の中でYさんの考え方や人となりが垣間見えるときがあります。ドラマをどう見ているか、どういう登場人物が好き・嫌いなのか、その理由などからYさんの考え方も見えてきます。これは指導に活用できます。受験勉強の指導でパーソナルな部分に踏み込むのは、この程度で十分だと思います。
親子であれば、子どもが何かを話したいのであれば、否定せずに聞いてあげることです。また日常の雑談やたわいもない話もできることこそが信頼関係が築けている証拠なのではないかと思います。子どもでも大人でも、共通の話題で盛り上がることができるかどうかは信頼関係のバロメーターではないでしょうか。Yさんの口から「中学受験をしたい、行きたい学校は決まっている」ということ、「だから勉強は頑張りたい」と聞くことができました。「受験」という目標が私とYさんの共通認識であることが確認できたのです。問題は、1年以上もの勉強のブランクを受験までの残り4ヶ月でいかに埋めるかです。
現在中学受験は4年生からスタートしている子も多く、かなりのビハインドになります。また志望校であるS女子中学に合格する可能性はほぼゼロに近いのではないか、と中学受験の厳しさを知る私は内心感じていました。 -
受験科目の中から自力でできる部分と指導部分を決める
志望校の受験科目は国語・算数・理科・社会の4科目です。それぞれ現在どの程度の学力か、得意・不得意はあるかを会話の中で確認することから始めます。
まず国語は得意。偏差値ではS女子中学には届いていませんが、最も得意な科目でした。社会は次に得意で、コツコツと勉強できていたので、それらをもとにプランを組みます。予算的な問題もあり、指導は週2回。1回2時間の指導で算数と理科が中心。得意な国語と社会は課題をしっかりと出し、お母さんに暗記の確認やチェックなどをお願いしました。
このように、自分でできることは自習で任せて、私が教える部分を絞って学んでもらうことにしました。変に優しい言葉をかけることなく、あくまで対等に接します。
受験を成功させるには生徒である不登校の子どもからの信頼が欠かせません。4ヶ月は短いかもしれませんが、講師と子どもには濃い期間になり、信頼関係なくして言ったことは聞いてくれません。いくら優れた指導をしても頭の中に残らず、言っていることも響かないのです。また課題などもやってくれません。 -
受験に備えて家の外で勉強するステップも同時進行
Yさんの家での指導が進んでいく中で次のステップに入ります。今度はYさんに塾へ来てもらうのです。
実は過去に家庭教師だけで不登校の子を指導して学力がついたにも関わらず、合格した学校に通えなかった子がいたのです。小学生だとその割合は低いものの、万が一を考えて他人がいる環境に慣れてもらうこと。家とは違う環境で勉強を習ったり、テストや模試を受けてもらうことも必要です。試験当日に品川女子の試験会場で実力を発揮してもらうことができなければ合格はできません。
Yさんはほかの小学生と会うことが少し怖い様子で、トレーニングは必要と感じて提案をしました。
まずはお母さんと一緒に塾に来て授業を受けてもらいます。最初はほかの生徒がいない時間です。Yさんも戸惑っていましたが、徐々に慣れてきました。慣れてきたところで、他の小学生の生徒もいる時間帯にお母さんと一緒に来て授業を受けてもらいます。ただ、最初にお母さんと一緒に来てもらったとき、Yさんは塾の前で立ち止まってしまい、教室に入ることができませんでした。お母さんから電話があり、下に降りてみるものの、Yさんは「今日は帰る」と帰ってしまいました。
このままでは試験会場にいけないリスクが高かったので、翌日もういちどチャレンジしてもらいました。そこでようやく塾の中に入れたのです。電車や駅前の他人は問題なかったのですが、塾の中に入ると視線や話題は自分にフォーカスされてしまいます。おそらく、それが怖かったのでしょう。
それでも翌日来てくれたのは、Yさんとお母さんの仲がよかったこと、Yさん自身の受験成功に賭ける強い意思があったからだと思います。 -
受験直前になると不登校は話題にも登らない 目標は合格!
塾では志望校の過去問題集を徹底的に解いてもらう段階に進みます。志望校の過去問題を見ると、広い範囲からまんべんなく出題されていました。偏差値が高い学校なので、問題も難しく、合格点を取ることは容易ではありません。複数回過去問を実施しましたが、合格点を超えたことは1回あったか、なかったか程度。かなり低い可能性でした。
年を超す頃にはYさんはほぼ毎日お母さんと一緒に塾へ来て、他の生徒に混じって勉強していました。国語と社会の自習も変わらず続けてもらい、わからない点はフォローします。この頃になると、受験まであと一ヶ月程度。もう不登校どころではありません。とにかく受験の成功へがむしゃらに突き進むのみです。
願書を出した後は不登校が話に出ることすらなくなります。これも不登校を解決するために受験がいい契機になる大きな理由のひとつです。もう、今通っている小学校のことはどうでもよくなります。そして子どもは受験に向けて一種のゾーンに入ったような状態に突入します。受験は実力を試す滑り止めの埼玉県の私立中学から始まりましたが、Yさんは難なく合格しました。それも特待生での合格です。まさかの特待生合格にお母さんとYさんも喜んでいました。そこから2週間でさらに学力が向上していきます。
そして2月1日のS女子中学の試験日。ドキドキしながら報告を待ちました。20時頃に他の生徒の指導を終えて、電車に乗って帰っている途中に着信がありました。電車に乗っているため出られません。降りると留守番電話にメッセージが残っていました。
「先生。S女子、合格してました! ありがとうございました」
と泣いているお母さんの声が入っていました。その留守番電話を聞き、駅のホームで私も泣いてしまいました。
Yさんのお母さんの携帯に電話をすると、Yさんが出ました。
「先生! 品女受かったよ! っていうかお母さん泣いてるんだけど(笑)」
という元気なYさんの声を聞くことができました。 -
不登校になった子どもが陥るといちばん危ないのは勉強をしなくなること
のちにお母さんから感謝の手紙もいただきましたが、不登校の中でも子どもが勉強できる環境を探し続けてあげたお母さんの努力も大きかったのではないかと思います。親が子どもの成長できる環境を整えてあげることは大切です。
重要なことは子どもの成長を止めないということです。私は不登校中でも「学ぶこと」「勉強をすること」をおすすめします。
学校に行けないからすべてお終わりではなくて、塾なども含めて子どもが勉強する場所の選択肢を与えてあげるべきでしょう。Yさんのお母さんがしていたのは、そういう努力です。 -
不登校から受験に成功できた理由
Yさんは集団の中での行動が苦手という特性もあったようですが、個を認めて伸ばす教育ができる学校ならそれも武器として活用できました。Yさんはそういう点も含めて志望校を選んだのかもしれません。
また、合格後に感謝の手紙の中ではYさんが私を「いつも笑顔で自分を認めてくれて、対等に扱ってくれた」と言っていたこともわかりました。
不登校だけでなく、塾での指導全般において、私は子どもを否定することはしません。逆に子どもをいかに前向きにさせ、気分良く勉強してもらうかを考えています。
また、子どもを型にはめるのではなく、先入観を持たずに接していくことをモットーとしています。子どもはひとりひとり違いますし、成長も早いので、指導の途中でもどんどん変わっていきます。その成長を促すことが受験の成功と不登校の終わりにつながったのです。
- 不登校でも難関校に合格することができる。
- 親が必要な努力は「送迎」「雑談」「子どもの話を聞く体制を持つこと」
- 塾に行けないという理由だけで受験をあきらめるべきではない(良い塾は必ずあるはず)